産業集積・産業クラスターを形成するメリット、デメリットを解説

産業集積・産業クラスターを形成するメリット、デメリットを解説する。

今回は産業集積の先行研究として、ウェーバー、マーシャル、ピオーリ&セーブル、ポーターの議論を挙げて、過去の研究の流れを理解していきたい。

そして現代の産業集積の発展について、製造業現場改善の専門家の立場から筆者の考えについても述べていきたい。また、中小企業白書の産業集積論を中心に、我が国における産業集積はこちらで議論しているので、参考にして頂きたい。

☑中小企業の産業集積

小林先生へのご相談、お問い合わせはこちら

産業集積研究の出発点

産業集積研究の出発点として、ウェーバーとマーシャルの議論がある。

ウェーバーの「工業立地論」

ウェーバーは、工業立地論において、生産が集積することの利点を論じた(※1)。
そこでは機械設備の充実と生産性の向上、労働組織や大量取引による費用逓減、水道費や道路施設等の一般費の低減といった「集積の経済」を挙げている。

一方で集積の経済の結果、地価の高騰が生じ、地代等の一般費や原料等の調達・貯蔵費用、労働費等の反作用も起こり得るとも言っている。

マーシャルの「経済学原理」

マーシャルは、集積の経済を内部経済と外部経済という2つの経済に区分した。
内部経済は組織と経営能率に由来するものであり、外部経済は産業の全般的発展に由来するものである。

そして産業集積のメリットを、外部経済として捉えて説明した(※2)。

集積の外部経済効果として、技能の集約と共有による相乗効果、近隣の補助産業の勃興、道具や原材料及び調達の効率化、高度な機械の利用・操業が可能になることに加え、労働力調達の困難性が緩和されることを指摘した。

協調と競争の話

協調か競争か、という視点からの議論として、ピオーリとセーブル、
ポーターの議論がある。

ピオーリとセーブルの「第二の産業分水嶺」

ピオーリとセーブルは、大量生産体制に対立する概念として
クラフト的生産体制を挙げて、その優位性を論じた。
大量生産体制は、分業と標準化を追求することで生産の効率性を高め、大量生産を可能にする(※3)。

しかし分業と標準化を追求すればするほど、企業や労働者の専門化が進み、それしかできないという意味での硬直化を招く。

硬直化を招くと環境の変化に柔軟に対応することができなくなる。
そもそも大量生産体制を維持していくためには、生産物を大量販売する必要があるため、生産物に対する需要が存在することが前提となる。

それゆえ環境変化が生じ需要の減少や多様化が生じると、大量生産体制を
とる企業は事業転換を困難にし、存続の危機に陥る。

これに対して、クラフト的生産体制は、熟練工の技能向上を核とした技術的発展体制であり、環境変化に対する柔軟性を持つ。このような柔軟性をもつ体制をとれば、製品、技術、生産方式あるいは業界内のネットワークなどの柔軟性を生み、経営環境の変化に柔軟に対応していくことができる。

ただし、クラフト的生産体制に依拠した経済発展は柔軟性を有した小規模企業の集積がベースとなるので、小規模単体での限界がある。そこで産業集積内に柔軟性を有した小規模企業が集積し、資産や技能及び企業間ネットワークの共有をもとに地域全体として専門化を追求することで、地域産業としての経済発展を遂げていくことになる。

ポーターの「国の競争優位」「競争戦略」

ポーターは、産業クラスターという概念をもって集積論に競争の視点を持ち込んだ。上述のピオーリとセーブルの議論は、産業集積内に存在する企業間のネットワークとその協調性を重視している。

これに対して、ポーターは、産業集積が成長発展を遂げていくためには、
競争を促進しイノベーション能力を高めることが重要であるとした。

ポーターのいう産業クラスターとは、

ある特定の分野に属し、相互に関連した、企業と機関からなる地理的に接近した集団を意味する。

クラスターの構成要素には、特定に製品・サービスを生産する企業だけでなく、供給業者や関連企業、大学や各種業界も含まれる。これらの構成要素が、地理的に集中し、競争しつつ同時に協力している状態を「産業クラスター」と呼んだ。

産業クラスターが成長発展を遂げるためには、4つの競争優位の源泉が重視される。

  1. 要素(投入資源)条件
  2. 企業戦略及び競争環境
  3. 需要条件
  4. 関連産業・支援産業

である。すなわち、

  • 有形資産や情報
  • 法律制度
  • 大学の研究機関

といった要素条件をもとにインプットの効率や品質を高め、
クラスターの生産性を向上させる。

またクラスター内の企業間にライバル意識が生じると、激しい競合関係が製品やサービス提供の効率を向上させ、差別化を生んで企業の競争力を向上させる(※4)。

一方で高度な要求を突き付ける顧客が周辺に存在することで企業の質的向上が図られ、また関連産業・支援産業の存在がそれを促進させる。

産業クラスターに属する企業は、市場や技術に関する情報の入手や専門性の高い人材の確保が容易になり、生産性を向上させるというメリットを享受する。

一方で、クラスターに属する企業は、イノベーション能力を高めることができる。ポーターは、顧客ニーズに関する情報へのアクセスや必要資源の調達が容易であることに加え、クラスター内で発生する企業間競争が企業の創造的な差別化を生み、集積内企業のイノベーションを促進するとした。

まとめ

point

ウェーバーとマーシャルの議論は、産業集積を生産又は企業の集積と捉えた上で、いずれも集積によるメリットとして規模の経済を挙げた。

しかし集積内の取引構造や競争関係については述べていない。
これに対してピオーリとセーブルの議論は、集積内における企業間の協調関係を取り上げて、集積内の取引関係を論じた。

またポーターは、集積内の取引関係の構図を明らかにし、
集積の分析に競争関係という新たな視点を加えた。

現代の産業集積の発展を考える上で、規模の経済の追求はもちろん重要なことであるが、それだけでは不足である。

  • 消費者志向の多様化
  • 取引関係の複雑化
  • 企業活動の広範化

といった経営環境を前提とするならば、集積の取引構造を理解し、集積間の関係や集積外に立地する企業との協調関係と競争環境を分析し、そこから得た知見を集積及び個別企業の戦略的視点に反映させていくことが重要である。

注記

  1. ウェーバーの議論は、集積とは何かについて明らかにしたものではなく、
    工業立地の要因を理論化する過程において、集積による規模の経済から生じる利点を「集積要因」として挙げる一方で、地価の高騰という集積の反作用を「分散要因」として指摘したものである。
  2. マーシャルは「ある種の財の生産規模の増大に由来して起こる経済を二つに区分し」、「第一は産業の全般的発展に由来するものであり、第二はこれに従事する個別企業の資源、その組織とその経営能率に由来するものである」と述べ、前者を外部経済、後者を内部経済と呼んだ。
  3. アダムスミスは『国富論』の中で、生産性の増す要因として「分業」を指摘した。工場内の役割分担を進めることで作業内容が単純になり、単一業務の担当により労働者の熟練が進むので、生産性が向上する。一方で、作業が細分化されることにより、他のものを作るのが難しくなっていくため、硬直性が高まるという点も指摘した。
  4. ポーターは、クラスター間の競争について次のように説明した。一つの産業における活発な競合関係は、「事業のスピンオフや交渉力の影響、あるいは既存企業の多角化を通じてクラスター内の産業にも波及していく」。この相互強化作用によって、「競争力のある買い手産業が供給産業の競争優位を伸ばし、競争力のある供給産業が川下産業を力づける」とともに、新規参入を促して関連産業を創造する。

ささいなことでもお気軽にどうぞ!

小林先生のプロフィール・実績はこちら

参考文献

  • A・ウェーバー『工業立地論』大明堂
  • A・マーシャル、馬場啓之助訳『経済学原理』東洋経済新報社、1967年
  • ピオーリ.M.J、セーブル.C.F著、山之内靖・永易浩一・石田あつみ訳『第二の産業分水嶺』筑摩書房、1993年
  • ポーター.M.E著、土岐坤・中辻萬治・小野寺武夫・戸成富美子訳『国の競争優位上・下』ダイヤモンド社、1992年
  • ポーター.M.E著、竹内弘高訳『競争戦略Ⅰ・Ⅱ』ダイヤモンド社、1999年

お問い合わせはこちら