在庫管理アドバイザーとして、多くの企業から「適正在庫」についてのご相談をいただきます。 その中でも特に多い悩みが、適正在庫の設定と維持に関することです。
適正在庫とは、「欠品せず、かつ過剰在庫にならない適正な在庫数」のことを指します。
しかし、多くの方は適正在庫を設定するためには難しい数式や高度な需要予測が必要だと考えがちです。
実際には、そうした複雑な統計や数式に頼らなくても、自社に合った適正在庫を設定する方法は存在します。 今回の記事では、どんな会社でも自社の適正在庫を正確に設定し、維持するための具体的な方法を解説します。
それでは、適正在庫について具体的に解説します。 ぜひ、最後までお読みください。
目次
- 1 適正在庫の3つの計算方法
- 2 適正在庫(経営的観点)を計算する
- 3 適正在庫(実務的観点)を計算する
- 4 経済的発注量
- 5 在庫回転率で在庫の流動性が分かる
- 6 適正在庫は経験や勘に頼らず客観的に決める
- 7 適正在庫を維持するためのポイント
- 8 安全在庫と適正在庫の違い
- 9 需要予測と適正在庫の違い
- 10 需要予測を適正在庫の維持に取り入れる方法
- 11 適正在庫の実現・維持をサポートするためのシステム・ツール
- 12 【全業種共通】適正在庫を実現するために取り組みたい改善の3つポイント
- 13 【業種別】適正在庫を実現し維持する方法
- 14 適正在庫は会社が戦略的に決めるもの
- 15 適正在庫の実現・維持方法のまとめ
- 16 適正在庫の実現・維持を専門家から学ぶ
- 17 適正在庫に関するご相談・お問い合わせ
- 18 適正在庫に関する関連記事
適正在庫の3つの計算方法
適正在庫の計算方法にはいくつかのアプローチがあります。ここでは、主に以下の3つの計算方法を解説します。
- 経営的観点
経営的観点からの適正在庫は、会社が理想とする財務状況を達成するためのトップダウン方式です。この方法では、企業全体の戦略や目標を基に在庫量を決定します。財務指標や市場の動向を考慮し、最適な在庫量を算出します。 - 実務的観点
実務的観点からの適正在庫は、現場の実情に合わせたボトムアップ方式で、主にリードタイム(発注から納品までの期間)を基に決定します。この方法では、実際の業務プロセスや物流の状況に基づいて在庫量を設定し、現場のニーズや日常的な変動に応じた最適な在庫量を計算します。 - 経済的発注量
経済的発注量は、発注コストと在庫コストを考慮に入れて計算する方法です。このアプローチでは、発注の頻度やコスト、在庫保管にかかるコストを含めた総コストを最小化するための在庫量を算出します。これにより、コスト効率の良い在庫管理が可能になります。
適正在庫(経営的観点)を計算する
改善の土壌が整っていない会社は、経営的観点から決める「トップダウン方式」がおすすめです。 経営的観点から適正在庫を決める場合は、「会社が目指す在庫金額=適正在庫」です。 経営的観点から計算する方法は3つあります。
- 売上から計算する
- 在庫回転率から計算する
- 資金繰りから計算する
売上から適正在庫を計算する方法
売上に対する在庫金額の比率を使用して適正在庫を決定する方法です。 この比率を求めることで、売上に対してどれだけの在庫を保持すべきかを判断します。
【計算式】
在庫金額の比率=在庫金額÷売上
この比率が高いと、売上に対して在庫が過剰である可能性があります。 下の表は、業種別・売上規模別に、以下の項目をまとめた表です。 赤枠の「比率」が売上に対する在庫金額の比率です。 ご覧いただくと分かるように、優良企業に比べて、赤字企業の方が比率の割合が大きいです。
目安となる在庫金額の比率は、それぞれ次の通りです。
- 製造業:8%未満
- 卸売業:4%未満
- 小売業:4.5%未満
会社の目標在庫金額が決められない・・・という場合はぜひ参考にしてみてください。 利益率や同業種でも扱っているもので多少の誤差はありますが、売上に対して在庫金額の割合が15%を超えていると「在庫が多い」と認識して間違いないでしょう。
在庫回転率から適正在庫を計算する方法
在庫回転率は、在庫の流動性を示す指標です。 この指標を用いることで、在庫がどれだけ効率よく利用されているかを把握できます。
- 在庫回転率が大きい: 在庫の流動性が良いことを示し、在庫効率が高い。(商品が早く売れている、部品が早く使われている)
- 在庫回転率が小さい: 在庫が滞留していることを示します。(仕入れた商品が売れるまでに時間がかかっている、仕入に対して売れ行きが少ない)
【計算式】
- 在庫回転率=売上原価÷平均在庫(期首在庫と期末在庫の平均値)
- 在庫回転日数=期間(日数) ÷ 在庫回転率 ※日数とは期首から期末までの日数
会社が目指す(理想とする)財務目標から在庫回転率を計算します。 適正在庫の計算手順は次の通りです。
- 売上目標を決める
- 理想とする財務状態(=在庫金額、売上原価を決める)
- 理想とする在庫回転日数を求める(=適正在庫)
会社から目標が示されない、目標の設定の仕方が分からないという場合は、下記の表を参考にしてください。 ご覧いただくと分かるように、優良企業に比べて、赤字企業の方が比率の割合が大きいです。
目安となる在庫回転日数(在庫回転率)は、それぞれ次の通りです。
- 製造業:30日(12)
- 卸売業:15日(24)
- 小売業:15日(24)
※カッコ内は在庫回転率
資金繰りから適正在庫を計算する
運転資金を基に適正在庫を計算する方法です。
運転資金とは、会社の日常的な運営に必要な現金を指します。 この資金が少ないほど、資金繰りが楽になります。 重要な指標として「キャッシュコンバージョンサイクル(CCC)」があります。 CCCは、投資した金額が回収されるまでの期間を示します。
例えば、CCCが90日の場合、今日100円で仕入を行った場合、その100円が戻ってくるのは約90日後ということになります。 つまり、この商品を毎日売り続けるためには、少なくとも9000円の借金が必要ということです。 CCCの計算式は次の通りです。 CCC = 棚卸資産回転日数+売掛債権回転日数-買掛債務回転日数
- 棚卸資産回転日数:在庫回転日数のこと
- 売掛債権回転日数:いわゆる売掛。販売先への請求から現金が入金されるまでの日数
- 買掛債務回転日数:いわゆる買掛。仕入先からの請求を払うまでの日数
CCCが短いほど、資金効率が良く、資金繰りが楽になります。 アマゾンのように、CCCを意識した経営を行うことが、効率的な資金運用のカギとなります。 これらの方法を駆使することで、経営的観点からの適正在庫の設定が可能になります。 自社の目標に合わせて、最適な在庫量を算出してみてください。
適正在庫(実務的観点)を計算する
実務的な観点から適正在庫を計算する方法には、主に2つのアプローチがあります。 これらの方法は、実際の業務に即した計算方法であり、在庫管理に役立ちます。
- 必要数から計算する方法
- リードタイムから計算する方法
サイクル在庫から適正在庫を計算する
サイクル在庫とは、一定期間内の需要数(販売数や使用数)を満たすために必要な在庫量のことです。
【計算式】
サイクル在庫数 = 一定期間の需要数 + 安全在庫数
例えば、1日の平均需要数が10個、安全在庫が20個の場合、30日間の適正在庫は次のように計算します。
適正在庫数 = 10 × 30 + 20 = 320(適正在庫数)
となります。
この計算では、特に「平均需要数」が重要です。 サイクル在庫を適正在庫として利用するには、需要データをしっかりと蓄積しておく必要があります。 また、需要は変動するため、安全在庫を設定してバッファーを確保することが推奨されます。
【計算式】
安全在庫=安全係数×使用量の標準偏差×ルート(発注リードタイム+発注間隔)
新規商品のサイクル在庫を計算したい時 過去のデータがない新商品やモデルチェンジ品については、類似品の需要数を参考にしてサイクル在庫を設定します。 ただし、需要が安定していない商品に対しては、この方法は難易度が高く、在庫管理の専門家としては中小企業に推奨しづらい方法です。 サイクル在庫の計算や活用方法についてさらに詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
リードタイムから適正在庫をから計算する
リードタイムを基にした適正在庫の計算方法は、実務的な観点から非常にシンプルで効果的です。 自社の仕入れから納品までのリードタイムを「適正在庫リードタイム」として設定します。
会社リードタイムには3つの重要な要素があります。
3つの重要なリードタイム
- 仕入れ(発注)リードタイム:材料を発注してから、工場に納品されるまでの期間
- 生産(製造)リードタイム:生産に着手してから、生産完了までの期間
- 納品(出荷)リードタイム:製品を出荷してから客先に届くまでの期間
加工や組み立てのない業種(例えば、小売業や卸売業)では、生産リードタイムは考慮しないことがあります。
これら3つのリードタイムの合計が、自社の適正な在庫日数の目安となります。 ただし、在庫回転日数が極端に長い場合は、在庫の持ちすぎと考えるべきです。 リードタイムを利用した適正在庫の設定は、日数で在庫を計算するため、需要の変化に対して柔軟に対応できます。 また、過去のデータが不要なため、中小企業にとってもお勧めの方法です。 自社の適正在庫を知りたい、または現在の設定値が正しいかどうかを判断したい方は、こちらの記事をご覧ください。
経済的発注量
経済的発注量(EOQ)とは、在庫の欠品や過剰在庫を防ぎつつ、総コスト(在庫費用と発注費用)を最小限に抑えるための発注量を求める方法です。 この計算方法により、発注と保管のバランスを最適化し、効率的な在庫管理が実現できます。 在庫費用は、倉庫費用や光熱費など、在庫を維持するために必要な費用です。 一方、発注費用は、発注時にかかる人件費などの費用を指します。 EOQは以下の式で計算します。 EOQ=√2DS/H
- D = 必要数(需要数)
- S = 1回の発注コスト
- H = 1単位あたりの年間保管コスト
EOQを活用することで、発注頻度と在庫保管コストのバランスを最適化し、効率的な在庫量を算出できます。 この方法は、発注に手間がかかり、保管コストが高い商品に対して特に有効です。
在庫回転率で在庫の流動性が分かる
在庫回転率(または在庫回転日数)は、在庫管理における重要な指標であり、在庫の流動性を評価するのに役立ちます。
この指標は、在庫がどれだけ効率的に管理されているかを示し、いくら売上が大きくても、在庫が滞留していると現金の流出が進み、資金繰りに悪影響を及ぼすことがあります。
特に「黒字倒産」は、売上があっても在庫が滞留し資金が回らないために発生します。
在庫回転率は、在庫の効率性を測るために使われ、在庫の流動性や管理の健全性を把握するための重要な指標です。 これにより、在庫がどれだけ迅速に売れているか、または逆に滞留しているかを確認することができます。 在庫回転率や在庫回転日数について詳細に知りたい方は、以下のリンクをご覧ください。
☞在庫回転率と在庫回転日数の求め方
今回の説明では、経営的観点から一般的な適正在庫の目安をご紹介しましたが、実際の適正在庫は取り扱う商品、調達方法、生産方法、商流などによって異なることがあります。 自社の適正在庫を正しく把握したい、または現在の設定が適切かどうかを確認したい場合は、以下の記事をご覧ください。
適正在庫は経験や勘に頼らず客観的に決める
同業や同規模の会社の中には、在庫金額が驚くほど少ない企業も存在します。 これらの企業がどのようにして効率的な在庫管理を実現しているかには共通点があります。 その多くは、オペレーションやビジネスの仕組みが洗練されており、在庫回転率の良さがその成功の証です。 成功している企業には以下の2つの特徴があります。
- 担当者の経験や勘に頼りすぎない
- 資本効率を重視した経営
担当者の経験や勘に頼りすぎない
担当者の経験や勘に頼った属人的な在庫管理は、その担当者が不在になった瞬間に崩壊するリスクがあります。
優秀で経験豊富な担当者が在籍している場合でも、忙しさにより在庫管理に十分な時間を割けず、欠品や過剰在庫を招くこともよくあります。 そのため、経験豊富な担当者が在籍しているうちに、適正在庫の仕組みを確立しておくことが重要です。 属人的な管理に依存せず、体系的で再現性のある管理体制を整えることで、安定した在庫管理が実現できます。
資本効率を考えた経営
多くの日本の中小企業は、依然として損益計算書(P/L)重視の経営を行っています。
このアプローチは、商品の寿命が長く、変化の少ない時代には有効でしたが、現代では変化が激しく、商品の価値が急速に変わるため、もはや通用しません。
欧米の大手企業では、資本効率の良い経営が主流となっており、日本の企業もこの流れに乗る必要があります。 現代の経営環境では、「いつか売れる」という昭和的な考え方ではなく、効率的で資本を有効活用する経営が求められます。
中小企業も、資本効率を重視し、迅速かつ柔軟に対応できる経営にシフトすることが必要です。
適正在庫の設定や維持には、経験や勘に頼るのではなく、客観的なデータと分析に基づいたアプローチが不可欠です。 これにより、より安定した在庫管理と資本効率の向上を実現することができます。
在庫管理110番では、今回解説した適正在庫の計算方法を自社に適用するための方法を解説した在庫管理セミナーを毎月開催しています。 受講者特典もありますので、もしあなたが適正在庫に悩んでいるのであれば、お勧めのセミナーです。
適正在庫を維持するためのポイント
適正在庫は一度設定すれば完了というわけではなく、定期的に見直しを行う必要があります。 ここでは、適正在庫を維持するために重要な着目点を解説します。 見直しのポイントは以下の通りです。
- 季節などの周期的な変動
- 商品寿命
- マイナーチェンジやモデルチェンジ
- トラブルや予期せぬ出来事の発生率
周期的な需要変動(季節変動など)を把握する
商品の需要は季節や周期によって変動します。
例えば、アイスクリームは夏に売れ行きが良く、冬は売れ行きが悪くなるのが一般的です。 このように、商品の適正在庫量は季節や周期に応じて異なるため、定期的に見直しが必要です。 周期的な変動に合わせて在庫を調整しなければ、欠品や過剰在庫を引き起こす原因になります。 トラブルや周期性を見積もるためには、日々のデータの蓄積が不可欠です。
商品寿命
商品の寿命は季節などの短期的な変動にとどまらず、長期的なトレンドをも含みます。 商品が成長期、安定期、衰退期のどのステージにあるかを見極めることが重要です。 一般的に商品には、次の3つのステージがあります。
- 成長期:販売数が伸びて行っている状態
- 安定期:販売数が安定している状態
- 衰退期:販売数が徐々に減少している状態
特に注意が必要なのは、成長期から安定期にかけての変化です。 成長期には多少の過剰在庫でも問題ありませんが、安定期から衰退期にかけては適切な在庫調整が重要です。 成長期と同じ感覚で発注を続けると、過剰在庫の原因になることがあります。
マイナーチェンジやモデルチェンジ
商品寿命に影響を与える要素として、マイナーチェンジやモデルチェンジがあります。
これらのタイミングで旧商品の売れ行きは急激に減少するため、新商品をリリースする前に適正在庫を見直すことが重要です。 過去の需要データは新商品には当てはまらないため、適切な在庫量を見積もる必要があります。
トラブルや予期せぬ出来事がどれだけ起こるかを見積もる
現実の世界では、想定外のトラブルが発生することがあります。
- 仕入れ先の納期遅れ
- 仕入れ品の不良
- 生産遅れ
- 生産設備のトラブルや不良の発生
- 交通渋滞や自然災害
- 納期短縮
以上のようなトラブルに対応するためには、安全在庫を用意することが有効です。
安全在庫は、過去のデータを基に客観的に決定するべきであり、経験や勘に頼るのは避けるべきです。 適切な安全在庫を設定することで、予期せぬ出来事にも柔軟に対応できます。
詳細な安全在庫の解説や求め方については、以下のリンクをご参照ください。
安全在庫と適正在庫の違い
安全在庫と適正在庫はしばしば混同されることがありますが、実際には異なる概念です。 まず、それぞれの定義と違いについて理解しておくことが重要です。
安全在庫とは
安全在庫は、欠品を防ぐために設定する在庫の下限値です。これは、需要の変動や供給の遅延に備えて、一定量の在庫を常に保つことを目的としています。安全在庫は、予期せぬ需要の増加や供給の問題が発生しても、欠品を防ぐための最低限の在庫量を示します。
適正在庫とは
適正在庫は、欠品を防ぎつつ、過剰在庫も防ぐために設定する在庫量です。適正在庫は単なる「数」ではなく、在庫の幅(上限値と下限値の間)で管理します。つまり、適正在庫には以下の2つの側面があります。
- 下限値:安全在庫として設定される在庫量で、欠品を防ぐための最低限の数。
- 上限値:過剰在庫を防ぐために設定される在庫量で、過剰に在庫を持たないようにするための上限。
安全在庫と適正在庫の違い
- 安全在庫:在庫の下限値で、欠品を防ぐために設定されます。
- 適正在庫:欠品と過剰在庫の両方を防ぐために設定される在庫量で、上限値と下限値の幅で管理します。
つまり、適正在庫は「数」そのものではなく、在庫の範囲(上限値と下限値の間)で考えるべきです。 安全在庫が設定されていると、在庫の下限値が確保されますが、適正在庫ではその上限値も設定して、在庫の適正量を維持します。
需要予測と適正在庫の違い
需要予測と適正在庫は、在庫管理において異なる概念であり、混同されることがありますが、それぞれの役割と目的を理解することが重要です。
需要予測とは
需要予測は、将来の需要数を予測するための手法です。
これは過去の販売データや市場の動向を基に、一定期間内に必要とされる商品数を予測するものです。需要予測は、将来的な需要の動向を把握するための計画ツールであり、以下の目的があります。
- 将来の需要に備える:在庫の発注や生産計画を立てる際に、将来的に必要とされる数量を見積もるため。
- 計画の立案:生産や仕入れのロット数、資材の調達などを計画するための基礎データとして使用する。
適正在庫とは 適正在庫は、欠品を防ぎつつ過剰在庫も防ぐために設定する在庫量です。適正在庫は、需要予測に基づいて決定されますが、実際には以下の要素も考慮に入れます。
- 下限値(安全在庫):需要の変動や供給の遅延に備えた最低限の在庫量。
- 上限値:過剰在庫を防ぐための在庫量の上限。
適正在庫の設定は、需要予測だけでなく、発注頻度、リードタイム、在庫コストなど、さまざまな要素を考慮に入れて行います。
需要予測と適正在庫の違い
- 需要予測:将来の需要を予測するための計画ツールであり、単に「需要数」を見積もるものです。需要予測は、未来の需要に基づいて仕入れや生産の計画を立てるために使用されます。
- 適正在庫:在庫の適正量を決定するための管理手法で、需要予測を基にしながらも、在庫の上下限値を設定し、欠品と過剰在庫の両方を防ぐことを目的としています。
つまり、需要予測は「先々の需要数の予測」に過ぎませんが、適正在庫はその予測を基にしながらも、在庫の管理やコストを含む総合的な判断で決定される在庫量です。
需要予測を適正在庫の維持に取り入れる方法
需要予測を適正在庫の維持に取り入れるためには、以下の3つの要素が重要です。
- 大量に質の良いデータが必要
- 高度な専門人材
- 部署間連携
需要予測には大量のデータが必要
需要予測で最も重要なものは、豊富で質の高いデータです。
需要予測とは、特定の商品の需要動向を決定するために、各種要因とその影響を分析し、市場調査や予測結果を考慮して将来の需要を予測することを指します。 簡単に言えば、「過去のパターンがそのまま未来にも当てはまる」という考え方が基本です。 したがって、正確な需要予測には、大量かつ質の高いデータが必須です。このデータがなければ、信頼性のある予測は困難です。
高度な知識を持った人材が必要
精度の高い需要予測を実現するためには、高度な専門知識を持つ人材が不可欠です。
膨大なデータと高価なシステム、AI(人工知能)を導入しても、それを効果的に活用できる専門家が必要です。 この人材がデータの中身を分析し、需要予測に適したデータを選定し、予測モデルを構築します。 また、環境や条件が変わった際には、そのモデルを適切に見直す能力も求められます。 例えば、次のような要因を考慮する必要があります。
- 定期的な需要変動:季節や月ごとの需要の変動。
- イベント・行事:特定のイベントや行事による一時的な需要の変化。
- 一時的な需要変動:テレビ番組やメディアでの取り上げなどによる急激な需要増加。
- 消費税増税:増税前後の消費動向の変化。
- 販売方法の変更:新たにネットショップで販売を始めるなどの変化。
このような業務は、在庫管理の担当者が片手間で行うものではありません。専門的な知識と経験を持つ人材が必要です。
部署間連携 需要予測を効果的に適正在庫に反映させるためには、部署間の連携が重要です。 高度な専門人材が正確な需要予測を行ったとしても、その予測結果を基に発注ロットや生産ロットの調整を行うには、各部署が協力する必要があります。 予測が正確であっても、発注や生産の都合で需要予測通りの在庫数にはならないことがあります。 そのため、各部門が自部門の都合を超えて、会社全体で取り組む姿勢が求められます。
適正在庫の実現・維持をサポートするためのシステム・ツール
適正在庫を維持するためには、適切なシステムとツールの導入が重要です。以下に代表的なシステムとその機能を紹介します。 ERPシステム ERPシステム(Enterprise Resource Planning)は、企業の経営資源(人材、資材、資金、情報)を統合的に管理するシステムです。主な機能には以下が含まれます。
- 会計管理:財務データの管理と分析。
- 在庫管理:在庫のリアルタイム追跡と管理。
- 生産管理:製造プロセスの効率化。
- 人事管理:社員の管理と労務管理。
ERPシステムの導入により、業務の効率化、情報の一元化、部門間の連携強化が可能になります。 ただし、高度なシステムであるため、導入費用は高額で、一般的には1000万円以上かかることがあります。
在庫管理システム
在庫管理システムは、倉庫内の在庫をリアルタイムで追跡し、効率的な在庫管理を実現します。 以下の機能をサポートします。
- 入出庫管理:商品の入出庫を管理。
- 棚卸し:定期的な在庫確認と調整。
- ロケーション管理:倉庫内の商品の位置を管理。
在庫管理システムは、ERPシステムに比べて比較的安価なものも多く、数千円から導入できます。 中小企業にとっては、まずこのシステムの導入をおすすめします。 これにより、在庫情報の一元化とリアルタイム化が可能になり、業務効率が大幅に向上します。
需要予測ソフト
需要予測ソフトは、過去の販売データや市場トレンドを分析し、将来の需要を予測します。 AIや機械学習を活用することで、予測精度を高めることができます。 しかし、需要予測ソフトの効果を発揮するためには、少なくとも3年以上の過去データが必要です。 また、高度な人材による適切な運用も不可欠です。 データが全くない場合、予測ソフトを導入しても機能しない可能性があります。
在庫管理システムの導入が最優先
中小企業の場合は、まず最初に在庫管理システムを導入することをおすすめします。 在庫管理システムを導入すれば、在庫情報の一元化、リアルタイム化が可能になり、業務効率が上がります。 さらに、データが蓄積できるので、需要予測ソフトの導入も可能になります。 企業規模が大きくなってきたときに、ERPシステムの導入を検討すると良いでしょう。
在庫管理110番が開発した「成長する在庫管理システム」をご紹介します。
今回解説したような適正在庫を維持するための機能を、あなたの会社の事情を考慮してカスタマイズで追加可能です。 実務を知り、数多くの在庫管理の悩みに答えてきた在庫管理の専門家だからこそ実現できる、本当に現場で使える在庫管理システムです。
【全業種共通】適正在庫を実現するために取り組みたい改善の3つポイント
適正在庫の目標達成と維持には、現在の業務を見直し、改善することが欠かせません。 適正在庫に大きな影響を持つ3つの主要なポイントを以下に紹介します。
- 仕入改善
- 生産改善
- 仕掛品在庫を戦略的に持つ
仕入れ改善の視点
仕入れの改善は適正在庫を実現するために重要な要素です。以下の視点に着目して改善を進めることが求められます。
- 発注リードタイム:仕入れ先からの発注リードタイムが長いと、在庫が不足しやすくなります。発注リードタイムを明確に設定し、定期的に見直すことが重要です。
- 発注ロット:発注ロットが大きいと、必要な量だけを買うことが難しく、在庫の過剰や不足が生じる可能性があります。小ロットでの発注が可能かどうかを確認しましょう。
- 納期遅れ:納品の遅れがあると、在庫が不足するリスクが高まります。納期遵守率を設定し、仕入れ先が納期を守っているかを管理しましょう。
- 不良品:納入された材料や商品が不良であると、実際に使える数が減少します。品質管理を徹底し、不良品の発生を防ぐことが必要です。
生産改善の視点
生産の改善には、以下の2つの視点があります。
生産能力
生産リードタイムとボトルネックを管理することで、生産能力を最適化します。例えば、工場の生産能力が1日に50個で、顧客からのオーダーが500個の場合、要求納期を守るためには在庫を余分に持つ必要があります。生産リードタイムを短縮するためには、以下の方法があります。
- 前倒し生産:需要に対して先行して生産し、在庫を積む。
- 生産リードタイムの短縮:生産プロセスを見直し、効率化する。
- 生産能力の増強:設備や人員を増やし、生産能力を高める。
生産リードタイムが伸びる原因には、機械故障、欠員、廃棄ロス、段取りミス、モノの移動、過剰生産、事務処理ミスなどがあります。これらの要因は放置すると拡大する傾向があり、早期の対応が求められます。
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生産方式
- 受注生産:注文を受けてから生産を開始する方式。在庫は不要です。
- 見込み生産:注文を見越してあらかじめ生産し、在庫を持つ方式。生産方式によって適正在庫量が変わります。
受注生産と見込み生産の組み合わせも可能です。 デカップリングポイント(仕掛品在庫を戦略的に持つ)を活用することで、柔軟な生産方式を実現できます。
仕掛品を戦略在庫として持つ(デカップリングポイント)
さらに製造の途中の状態(仕掛品)で在庫を持つことも可能です。 見込み生産と受注生産の境目のことをデカップリングポイントと言います。
デカップリングポイントに関する詳しい解説はこちらをご覧ください。
☞デカップリングポイントとは?
この考え方を取り入れて、生産方式を変えて在庫削減と顧客満足を実現した有名な事例は、アメリカのパソコンメーカーのDELLです。(DELLモデルといわれています)
DELLの生産方式の変更
- 従来はSTS:パソコン(完成品)を見込み生産して在庫を持つ。
- 改善後はBTO:部品在庫を持っておいて、注文を受けてからパソコン組み立てて出荷する
生産方式をSTSからBTOに変えることで、在庫金額を大幅削減しつつ、浮いた管理コストや廃棄コストを製品に還元して低価格化を実現しました。 適正在庫の実現・維持する具体的な方法は以下のページで解説しています。
適正在庫の実現・維持のために実践できる10個の方法(全業種共通)
【業種別】適正在庫を実現し維持する方法
小売業・卸売業と製造業の適正在庫の実現方法について解説します。
小売業・卸売業がやるべき適正在庫の実現・維持方法
適正在庫の実現と維持で重要なのは「仕入れ」です。 実現・維持のためにやるべき手順は以下の通りです。
- 発注の基本の整備と実施
- 適切な発注方法の選定
- 売上データの活用
発注の基本の整備と実施
まず、発注に関する基本的なルールを整備し、実行します。具体的には以下の2点です。
- 発注リードタイムの設定:発注から納品までの時間を明確に設定し、遅延を防ぐための対策を講じます。
- 納期管理:納品スケジュールを厳密に管理し、納期遅れがないようにします。
適切な発注方法の選定
発注作業の効率と需要変動に応じて、適切な発注方法を選びます。 発注方法には大きく分けて4つの種類があります。
詳細は「4つの発注方法の特徴と選び方|発注効率向上と適正在庫を実現」の解説記事を参照してください。
4つの発注方法の特徴と選び方|発注効率向上と適正在庫を実現
売上データの活用
売上データを分析し、商品のトレンドや季節変動を把握します。
これにより、商品ごとの売れ行きの特徴をつかみ、適正在庫の維持に役立てます。
例えば、過去に過剰在庫に悩んでいた企業でのコンサルティング事例では、売上の20%程度の在庫が主要な売上を作っていたことがわかり、商品の90%以上がリリースから2年後に需要が落ちていたことが判明しました。 この情報を基に、発注数の見直しを行い、在庫管理の改善を図りました。 詳しいデータ分析の方法については、「データの使い方|エクセルによる分析の基本的な流れと方法」の記事を参考にしてください。
製造業がやるべき適正在庫の実現・維持方法
製造業が適正在庫を維持するために最優先でやりたいのが、生産効率の向上です。 生産効率の向上は、仕掛品の在庫削減につながり、生産リードタイムの短縮にも役立ちます。 製造業の適正在庫の実現・維持は、生産というプロセスを挟むため他の業種と比べて複雑です。 製造業の適正在庫の実現・維持する具体的な方法は以下のページで解説しています。
適正在庫の実現・維持のために実践できる5つの方法(製造業限定)
適正在庫は会社が戦略的に決めるもの
適正在庫には一律の定義は存在しません。 これまで解説してきた方法は、在庫管理を実現し維持するためのノウハウであり、最終的な適正在庫の設定は各会社の方針や戦略に基づいて決定されるべきです。 たとえば、トヨタ自動車は「在庫を持たない」という方針を採用しており、ジャストインタイム(JIT)を基盤にした効率的な生産を行っています。
一方、トラスコ中山は在庫を持つことを企業戦略としており、広範な在庫を活用して迅速な納品と広範な商品ラインナップを提供しています。
これらは全く異なる在庫戦略ですが、どちらも企業の方針に一致した形で実施されています。 成功している企業は、会社方針と在庫戦略が一致し、全体として整合性が取れています。
一方、在庫管理がうまくいっていない企業では、方針と戦略が一致していなかったり、行き当たりばったりであることが多いです。 「欠品ゼロを目指します!」という目標を掲げる企業ほど、実際には欠品が多く、在庫戦略が感覚や気合に頼っている場合があります。 こうしたアプローチでは、数値的な根拠が欠如し、効果的な在庫管理が困難です。
適正在庫の考え方を繰り返し見直し、自社に最適な在庫戦略を見つけることが重要です。 自社の方針に合わせた適正在庫の設定を行い、戦略を明確にすることで、在庫管理の効率を高めましょう。
こちらの記事も適正在庫の実現と維持に役立ちますので、ぜひご覧ください。
「在庫管理改善」を3ステップで実現|削減活動を無理なく達成する手順
適正在庫の実現・維持方法のまとめ
適正在庫の設定方法を解説しました。
経営的観点から適正在庫を決める
- 目標とする在庫金額(運転資金)を決める
- 在庫回転率の式に1を当てはめて目標の在庫回転率を求める
- 現在の在庫回転日数を目標値に近づけるために改善する
実務的観点から適正在庫を決める
- 自社の会社リードタイムを調べる
- 在庫回転日数を比較する
- 理想の会社リードタイムに近づけるために改善する。
適正在庫を実現するための改善を実施する
- 仕入れ改善(発注リードタイムやロット、納期遵守、品質不良)
- 生産改善(生産能力を上げる、生産方式の見直し)
- 仕掛品を戦略在庫として持つ(デカップリングポイント)
適正在庫を維持する
- トラブルや予期せぬ出来事の見積もりを立てる
- 需要の周期性を把握する
勘違いしてはいけないこと
- 安全在庫と適正在庫は違う(安全在庫は下限値のみ、適正在庫は上・下が必要)
- 需要予測と適正在庫は違う(需要予測はリソースがかなり必要。中小企業には向かない)
- 適正在庫は会社戦略(定義は会社によって違う。単純な数式に落とし込めるものではない。)
適正在庫の実現・維持を専門家から学ぶ
在庫管理セミナーでは、経営的・実務的観点からの適正在庫の求め方、実際の適正在庫の設定・維持方法を詳しく学べます。 加えて、1000万円削減を実現した改善事例をご紹介します。さらに、適正在庫と誰でもできる仕組みづくりについて学べます。
適正在庫に関するご相談・お問い合わせ
自社の適正在庫をどのように設定したらいいのかわからない、適正在庫を設定してみたが本当に良いかどうかが分からない・・・といった適正在庫に関するご相談はこちらからどうぞ。